人間の反応は、外界から得た情報を処理するのに 0.1秒、運動神経が命令を伝達するのに 0.1秒。反応に要する時間は合計で 0.2秒と言われる。
この短い(コンピュータから見たら莫大な)時間に感覚細胞からの到達した電気信号を映像なり音として解釈し、状況を認識し、次の行動を決定する。そこから脳の情報処理のサイクルは最短で 0.02 秒程度と想定する。
人間の生物学的速度に従う限りでは、物理学はニュートン力学で十分であり、それ以上の速度は必要ない。知ることができても反応が間に合わない。アインシュタインの相対性理論を必要とするのはコンピュータであって人間ではない。
脳の処理速度をどれだけ早くしても行動できなければ無駄である。それは効率的ではない。無駄を取り除くのが進化の方向性だから、必要以上の能力は発展しないはずである。
身体に危機が迫った時の情報処理はどれだけ時間があっても足りない。事故の時、まるでスローモーションのように見えたという話も脳のサイクルと無縁ではあるまい。緊急的には、クロック数を上げているのだと想像する。
当然ながら命令が伝達するまでにはタイムロスがある。そこには生理学的に限界もある。情報処理をしても間に合わない事もある。それを回避する方法はふたつ考えられる。
ひとつは諦めてしまうことである。間に合わないのなら見捨てる。これがひとつ目の方法。もうひとつが、間に合わないのなら、間に合うように命令を出せばいいじゃない、という方法である。
つまりタイミングを合わせるのは、反応によって起こすのではなく、予測に基づいて、あらかじめ命令しておくことである。
例えば野球でフライが飛んでくる時、刻々と変わるボールの情報に反応するのでは遅い。最初の情報から予測し移動を開始する。そういう方法で間に合わせるのである。
このとき、予測する精度は最初は大雑把でよい。それを何度も経験することで学習し蓄積する。過去の情報に基づいて、予測を立て、先に命令を出す。
経験のフィードバックが下手だと何回やってもボールが取れないという事になる。あるタイプの人は、基本的に予測を信頼しないという前提を持つ。予測はあくまで予測であり、それが外れた場合のことも考慮しなければならない。
そういう人はフライを取るのが苦手だろう。逆に言えば、外れても良いから予測に従うよう振る舞えば、捕球も上手くなるだろう。もちろん、最初に持っていた懸念は常に付きまとう。それが大切な場面で現実のものになったりするのだ。
それでも、予測は外れるとしても、刻々と変化する状況に微調整して修正してゆけば良いのではないか。ボールの運動が予測不能なカオス的なものでない限り、この考え方で対応できそうである。それを微調整など無駄である。確定するまで動けないという方法論を採用すれば、間に合わない状況があるのも確かだ。
ゴルフのスイングもタイミングを取るには、前もって命令するしかない。微調整するにはスイングは余りに一瞬である。
あらかじめ命令を出しておくので、感覚的には、それが到達した時には遅すぎたのではないか、早すぎたのではないか、と感じるのは当然である。しかし、それが物理学的には丁度いい場合もある。感覚と実際との乖離は、神経の限界速度あたりでは極めてグレーな精度でしか把握できそうにない。
当然ながら脳もその影響を受ける。遅すぎたか、早すぎたか。これを確認する方法がない。結果から、迷いながらも試行錯誤を繰り返すことになるだろう。
決定的な証拠がないから、疑念を持つのは当然であるし、それは合理的な疑いだが、とても重要なことは、体感では恐らく知り得ないという事である。
よってこれは実感によってなど確認できるものではなく、過去の経験から、こういう場合は上手くいっている、こうなったら上手くいかない、これは悪い予兆だ、無意識の中から何かを訴えてきている、という声に耳を傾けけるしかない。
それでも人間の体調は日々変わるものだし、筋肉の疲労や衰えがある。過去の経験がいつまでも同じように使えるとは限らない。
当然ながら、これは経験であるから、あくまで個人的なもので、正しいと証明できるようなものではない。常に疑念を抱えつつ情報処理するしかない類のものである。これを前提にスイングのタイミングを取る。
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